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OctaQ 1.1 — 拍線は出す、小節頭は出さないことにしました

イベントBGM用の8 Deck再生アプリOctaQを1.1に更新しました。HOT CUE、拍線の表示、客席に音を出さずに仕込める操作系、同一オーディオI/Fでの2系統出力。そして小節頭の自動判定を、測ったうえでやめた話を書きます。

文 / YKCイベント配信エンジニア / SynQNow 開発者

イベントBGM用の8 Deck再生アプリ OctaQ1.1 に更新しました。

前回の記事では、EQもSYNCもFXも「載せないと決めた」話を書きました。判断そのものは自動化しないという線は、今回も変えていません。ただし一度「載せない」と決めたものを使ってみて戻した機能があり、逆に作ってみて、測ったうえでやめた機能もあります。

今回のリリースで変わるのは次の点です。

  • 曲の中にHOT CUEを6箇所覚えさせ、ボタン1つで飛べます
  • 波形に拍線を出します。ただし小節頭は自動で当てません([頭]ボタンを1押しで決めます)
  • 客席に音を出さないまま、頭出しの仕込みが終わるように操作系を作り直しました
  • Deckごとのゲインを、卓と同じ回転式のつまみとして画面に出しました
  • 同じオーディオI/Fの別chを本線とモニタに使えます
  • MIDIは上下の波形枠にも割り当てられます(HOT CUEを12個で組めます)
  • Deckの縦波形を2倍に拡大し、縦長タッチモニタに対応しました

以下、それぞれ何のための追加なのかを書きます。

OctaQ 1.1のメイン画面。上段に2枚の拡大波形が並び、それぞれHOT CUEのボタンが色付きで点灯し、波形には拍線と小節番号が出ている。中段に8つのDeck、下段にフォルダツリーと曲一覧が広がる
縦長のタッチモニタで表示したところ。上段の2枚が、いま操作している波形の枠です。

拍線は出しますが、小節頭は出しません

いちばん時間を使ったのがここです。そして最終的に「出さない」を選んだので、先にその話を書きます。

波形に拍線を出せるようにしました。ただし小節の頭がどこかは、アプリが決めません。[頭]ボタンを1回押すと、そこが小節頭になり、小節線と番号が出ます。

拡大波形に等間隔の拍線が引かれ、上端の帯に小節番号17と21が表示されている。ツールバーには[頭][‹拍][拍›]4/4 TAPのボタンが並ぶ
[頭]を押して小節頭を決めたあと。波形の上端に不透明の帯を置き、波形が濃くても番号が読めるようにしています。

取れたものと、取れなかったもの

自動で取れるか根拠(自社実測)
拍の間隔(テンポ)取れる誤差1%以内。30秒先での累積ずれが1拍の1/4未満
拍の位置取れる低域の音の立ち上がりから判定
小節頭(4拍のどれが1拍目か)取れない下記

最初の実装では小節頭も当てにいきました。実音源で確かめた整合率はおよそ50%。拍は合っていて、ずれているのは小節頭だけでした。

改善できるのかを、測って確かめました

粘れば上がるのか、それとも原理的に無理なのか。判断するために、互いに独立した手がかりを3通り用意して、同じ曲で突き合わせました。

手がかり中身
低域エネルギー低域の音の立ち上がりがいちばん強い拍
全帯域ノベルティスペクトルの変化量がいちばん大きい拍
和声変化拍ごとの和音の変化がいちばん大きい拍(コード進行は小節頭で変わる)

実音源7曲での結果です(自社実測)。

  • 3つが一致した曲は1曲もありませんでした
  • 1位と2位のスコア比は1.00〜1.23倍。ほぼ差がありません

独立な手がかりが互いに一致しないのは、その特徴量の層にそもそも情報が無いときの形です。特徴量を足して精度を上げる望みは薄い、と判断しました。上げるなら学習済みモデルが要りますが、この規模のアプリに載せる依存としては重すぎます。

人間は和声とメロディの文脈で小節頭を判断していて、その情報は音の立ち上がりには出てきません。実装が未熟なのではなく、原理的に決まらない部分がある、ということです。

間違ったグリッドは、無いより有害です

ずれた線を信じてIN点を置けば、拍がずれた繋ぎが本番で鳴ります。線が無くて耳で決めるほうが、はるかに安全です。

そこで自動で出すのは拍線までにしました。小節番号も出しません。[頭]を押した瞬間だけ、そこが1拍目になります。押した位置はそのまま使わず、いちばん近い拍へ寄せます。拍の間隔は当たっているので、人が決めるべきは「4拍のうちどれか」だけだからです。生の時刻を入れると、当たっている拍線まで動いてしまいます。

決めた値はIN/OUT点と同じく曲ごとに保存されます。仕込みで一度決めれば済みます。

線を出さない曲もあります

テンポが一定でない音源では、線そのものを出しません。曲を通して30秒ずつの窓でテンポを推定し、全体と合った窓の割合で判定しています。

音源テンポ安定度判定
BGM素材(単曲)100%線を出す
ゲーム音楽83%線を出す
89分のBGM集(複数曲入り)23%出さない

出さないときは理由を画面に出します。「この曲はテンポが一定でないため、拍線を出していません」と書きます。「解析できませんでした」では、使う側が次に何をすればいいか分かりません。

見えなければ意味がありません

音圧の高い曲は波形が画面いっぱいを埋めるので、薄い線を重ねるだけでは完全に見えなくなります。実際、最初はそうなっていました。

対策を3つ重ねています。線を重ねる面では波形を少し落とす。線に暗い縁取りを敷く。そして上端に不透明の目盛り帯を置く。3つ目が本命で、波形が何であろうと必ず読める場所を作る、という考え方です。

拡大波形の操作列には、拍に合わせて光るランプも置きました。小節頭は強く、それ以外の拍は弱く光ります。線は「これから置く場所」を見るためのもので、目は波形の形のほうへ行きます。鳴っている拍がその場で光れば、引いた線が音と合っているかを耳と目で同時に確かめられます。[頭]ボタンのすぐ隣にあるので、光っているのを見ながら押せます。

解析はDeckの再生とは別のスレッドで走ります。解析中も再生・波形表示・IN/OUT操作は妨げられません(8 Deck同時ロード+4 Deck再生中でも描画は121fpsを維持。自社実測)。89分の音源で18秒かかりますが、結果はキャッシュするので2回目からは待ちません。

HOT CUE — 6箇所を覚えさせて、手で戻る

曲の中に最大6箇所の頭出し位置を覚えさせ、ボタン1つで飛べます。進行が動くイベントでは「1番を飛ばして2番のサビから」が頻繁に起きるためです。

Deckのツールバーで HOT CUE 1〜4 が色分けされて点灯し、5と6は未登録で沈んでいる。下の拡大波形には、3と4に対応する黄と水色のマーカーが置かれている
HOT CUEはボタンと波形上の線が同じ色で対応します。6本まで立つので、色が無いと押す前に番号を数えることになります。

DJ機のHOT CUEと同じ役割ですが、押したときの意味を役割で分けています。

未登録登録済み
IN / OUTいまの位置に置くいまの位置に置き直す(設定なので上書きしてよい)
HOT CUEいまの位置に置くそこへ飛ぶ

HOT CUEを押して位置が書き換わると、本番中に「3を押したら別の場所から鳴る」が起きます。だから消すのは右クリックという別操作にしてあります。

  • 波形には番号ごとに色を変えた線が出ます。6本まで立つので、色が無いと押す前に番号を数えることになります
  • 再生中に押すと、その位置から鳴らし直します。切り際だけ10ms落として繋ぎます(即断ちは「ボツッ」と鳴り、停止用の150msフェードだと「押してから鳴る」感触になります)
  • 停止中に押すと再生ヘッドがそこへ行き、次のSTARTはそこから鳴ります
  • 位置は曲ごとに保存されます。事前準備で仕込んでおけば翌年も残ります

客席に音を出さないまま、仕込みが終わります

初版を触ってもらって出た指摘が2つありました。

  • 再生ヘッドを動かせないので、頭出し位置を決めるのに等倍で鳴らして待つしかない
  • 客席へ音を出さないと点を置けない

どちらも本番で使う道具としては致命的なので、操作系ごと作り直しました。

左クリックは再生ヘッド、右クリックはメニュー

初版は「波形を左クリックでIN点、右クリックでOUT点」でした(前作からの踏襲です)。改めています。

操作何が起きるか
拡大波形を左クリック再生ヘッドがそこへ動く
拡大波形を右クリックメニューが開き、IN / OUT / HOT CUE 1〜6のどれをそこに置くか選ぶ
IN / OUT / HOT CUEのボタン押した瞬間の再生ヘッドの位置に置く

そして左クリックが客席の音を飛ばすことはありません。

Deckの状態左クリックしたとき
止まっている待機位置が動く。次のSTARTはそこから
プレビュー中プレビューがその位置から鳴り直す
客席へ出ている何もしない

波形は面が広く、押し間違いがそのまま客席の音飛びになります。飛ばしたいときはHOT CUEボタンという、狙って押す別の操作があります。

プレビューを「モニタだけの再生」にしました

初版のプレビューは押している間だけ鳴る方式でした。これでは鳴らしながら点を置けません。押さえている手が塞がるからです。トグルに変えました。

  • ▶ を押すと、そのDeckをいまの再生ヘッドからモニタだけで鳴らします
  • 上部の大きい波形にも出ます。再生ヘッドは水色で描かれ、客席へ出ている白と並べても取り違えません
  • 鳴っている間にIN/OUT点・HOT CUEを置けます
  • 拡大波形を左クリックすると、プレビューがその位置から鳴り直します。早送りの代わりに位置を探せます
左のDeckはプレビュー中で再生ヘッドが水色、右のDeckは客席へ出ていて枠が緑になりレベルメーターが振れている
下の波形がプレビュー中のDeckで、再生ヘッドが水色。上は客席へ出ているDeckで白です。並べても取り違えません。

これで、客席へ一切音を出さずに仕込みが終わります。 本番前のリハーサルや、幕間の裏で次の曲を用意する場面で効きます。

プレビューの音はモニタ用のAudioContextの中にしか存在しません。Contextをまたいだ接続は例外になるので、客席へ回る経路が構造として存在しない、という作りです。

Deckごとのゲインを、つまみとして出しました

フェーダーとは別に、Deckごとの音量を±12dBまで調整できます。曲ごとの音量差を、フェーダーの位置を揃えたまま吸収するためのものです。

卓のゲインつまみと同じ回転式にしました。±0が真上、外周の弧が可動域、±0から現在値までをオレンジの弧で描くので、どちら向きにどれだけ振ってあるかがひと目で読めます。

Deckのゲインつまみ。±0の位置で沈んだ表示になっており、そのすぐ下にフェーダーが縦に伸びている
±0のときは沈ませてあります。振ってあるDeckだけが光るので、細工の有無がひと目で分かります。
  • フェーダーの真上に置いています。同じ列にあるものは同じ系統だと読めるようにするためです
  • ただし形はフェーダーに似せていません。似せると本番中に「音量つまみ」だと思って触られ、仕込みで合わせた値が壊れます
  • ±0のときは沈ませてあります。光っている=このDeckだけ細工がしてある、という合図です
  • ホイールでは動きません。 Deckの上でスクロールしただけで客席の音量が変わるのは、このアプリが避けている類の事故そのものだからです

同じオーディオI/Fの別chを、本線とモニタに使えます

初版では「本線と同じ物理デバイスなら、モニタ用の出力を作らない」という安全則にしていました。2chの機器では正しいのですが、多chのオーディオI/Fでは出力が物理的に別系統です。「本線ch3/4・モニタch1/2」という現場でごく普通の構成を、丸ごと塞いでいました。

OctaQの設定画面。出力欄で本線(客席)とモニタに同じオーディオインターフェースを選び、chをそれぞれ別に割り当てている
本線とモニタに同じ機器を選び、chだけを分けた状態。重ならないchペアであれば鳴らせます。

禁止する条件を「同じ機器」から「同じchペア」へ狭めました。

  • 本線ch3/4 / モニタch1/2 → モニタが動きます
  • 本線ch3/4 / モニタch3/4 → 従来どおり拒否し、「別のchを選べば鳴らせます」と理由を出します

客席へキュー音が乗る経路は、従来どおり出力先そのものを作らないことで塞いだままです。ソフトウェア的にミュートするのではなく、鳴らす先が存在しない、という形にしてあります。

なお、前回書いた「デバイス1台につきAudioContext 1つ」という2系統出力の設計そのものは変えていません。同期のずれが自社実測で中央値0.01ミリ秒に収まったのはこの構造のおかげなので、そこは触らずに、選べる構成のほうを広げた形です。32chのオーディオI/Fで実測したところ、同一デバイスに2つの出力を開いて両方が動き、時刻の申告は完全に一致しました。同じハードウェアクロックを共有しているので、この構成の同期はむしろ別デバイスより有利です。

MIDIは「枠」にも割り当てられます

HOT CUEをDeckごとに割り当てると、8 Deck × 6 = 48個。それだけでコントローラのパッドが尽きます。

そこで、上部に出している2枚の波形(枠)に割り当てられるようにしました。効く先は、そのとき枠に出ているDeckです。

割り当て先効く先
Deckごと48そのDeck
上の波形 / 下の波形12そのとき枠に出ているDeck

IN点・OUT点・プレビューも枠に置いてあります。枠からDeckを引くのは押した瞬間なので、仕込み中に枠の中身が入れ替わってもそのまま使えます。実際に触るのは上部の2枚なので、12個で組めます

Deckごとのゲイン、マスターレベル、選曲ジョグも割り当てられるようになりました。前回書いた「Deck 1の割り当てを2〜8へ写す」機能はそのまま使えます。

表示まわり

  • Deckの縦波形を2倍に拡大しました(20秒 → 10秒)。波形のディテールが出て、重ねた小節線・拍線の間隔も2倍になります
  • 波形上のボタンを大型化しました。この操作をするときはMIDIコントローラに手があり、画面は通常より遠くにあります。小さいと「押せない」のではなく「狙えない」のです
  • 縦長タッチモニタ(〜1920×2160)では、波形とフェーダーの高さはそのままに、下部のフォルダツリーだけが伸びます
  • 最上段の右端にアプリ名とアイコンを出しました。バージョンはツールチップに入れてあります。配布したものがどれか分からないと、報告を受けても追えないためです

アップデートの提供について

小数点以下のバージョンアップは無償です。

  • すでに購入された方には、最新バージョンをお届けします
  • Facebookの音響家グループでお配りした方にも同様にお届けします。ダウンロード用のURLは追ってご案内します

設定・IN/OUT点・HOT CUEの位置は、保存先をアプリ名と切り離してあるため、上書きインストールでも引き継がれます

そのほか、この機会に決めたことを2点書いておきます。

Intel Macには対応しません。 対応OSはmacOS 12以降、Apple Silicon搭載のMacです。

返金の対応は行いません。 今回のアップデートは機能追加を目的としたもので、不具合の修正ではないためです。

これから購入される方はお問い合わせフォームの「OctaQ(BGM再生アプリ)の購入について」からご連絡ください。価格は4,800円(税込)の買い切りで、サブスクリプションではありません。折り返しお支払い方法をご案内し、確認後にインストーラをお送りします。

なお、このアプリを本番で回した実績はまだありません。1.0の記事に書いたときと同じ状態です。使ってみての気づきは、あらためて書きます。

まとめ

  • 拍線は自動で出しますが、小節頭は自動で当てません。独立した手がかり3通りが実音源7曲で一度も一致せず、特徴量の層に情報が無いと判断したためです(自社実測)
  • 間違ったグリッドは、無いより有害です。 ずれた線を信じてIN点を置くと、拍のずれた繋ぎが本番で鳴ります
  • HOT CUEを6箇所登録できます。未登録なら置く、登録済みなら飛ぶ、と押したときの意味を分けました
  • 客席に音を出さないまま仕込みが終わります。 プレビューはモニタ用のAudioContextの中にしか存在せず、客席へ回る経路が構造としてありません
  • 同じオーディオI/Fの別chを本線とモニタに使えます。禁止条件を「同じ機器」から「同じchペア」へ狭めました
  • MIDIは上下の波形枠にも割り当てられます。HOT CUEを48個ではなく12個で組めます

BGMオペレーションで何を載せて何を載せなかったのか、その判断の全体はイベントBGMのために、8 Deckの再生アプリを自作したに書いています。

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この記事を書いた人

YKC

イベント配信エンジニア / SynQNow 開発者

イベント制作の現場に25年、映像配信に20年近く携わってきました。オンライン配信が当たり前になるより前から、拠点間中継やライブ配信の現場に立っています。

  • イベント制作の現場に入り、以来25年にわたって本番運営に携わる
  • 映像配信に軸足を移し、20年近く配信オペレーションと技術設計を担当
  • オンライン配信が一般化する以前から、拠点間中継・遠隔中継の現場を手掛ける
  • 株主総会をはじめとする、失敗が許されない配信の現場を数多く経験
  • 現場で繰り返し直面した課題をそのまま設計に落とし、SynQNowを開発
  • ライブ配信
  • 超低遅延配信
  • WebRTC
  • HLS
  • RTMP
  • SRT
  • 拠点間中継
  • 株主総会配信
  • IR・決算説明会配信
  • 社内配信
  • イベント音響・映像オペレーション

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