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配信の音が小さいと言われる理由 — PAの音は、そのまま流せない

PA卓の音をそのまま配信に流すと「小さい」と言われます。原因はレベルではなくダイナミクスレンジ。ラウドネスで測る方法、音楽とプレゼンでの違い、プラグインで整える順番、PCが落ちても音を止めないDanteの構成まで書きます。

文 / YKCイベント配信エンジニア / SynQNow 開発者

会場のPA卓から音声をもらい、そのまま配信に乗せる。現場ではごく普通の構成です。ところが配信を見ている側からは「音が小さい」と言われます。卓のメーターを見ても振れ方は適正で、上げるとピークが歪みます。どこも間違えていないのに、小さい。

原因はレベルではなく、ダイナミクスレンジです。PAの音は会場で成立するように作られていて、配信の音は視聴者の手元の小さなスピーカーで聴かれます。適正な音の姿がそもそも違うので、そのまま渡せば小さく聴こえます。

そして、この差を埋めるのは配信側の仕事です。プラットフォームは大きすぎる音を下げてはくれますが、小さい音を上げてはくれません。この記事では、なぜ小さいのか、何で測るのか、どういう順番で整えるのか、そして整えるためのPCが落ちても音を止めない構成まで書きます。

PAの音をそのまま流すと、なぜ「小さい」と言われるのか

PAが狙っているのは、会場で聴きやすい音です。空間の響きがあり、生の声や拍手と混ざり、スピーカーからの距離で音量が変わります。声のピークははっきり出しつつ、平均的な音量はそれほど高くなくて構いません。会場では、それで十分に大きく聴こえます。

配信で聴かれるのは、スマートフォンやノートPCのスピーカー、あるいはイヤホンです。視聴者は他の動画や音楽と並べて聴いていて、平均的な音量、つまりラウドネスで「大きい」「小さい」を判断します。ピークがいくら出ていても、平均が低ければ小さいと感じます。

卓のピークメーターは正しく振れています。だから「上げればよい」とはなりません。全体を上げればピークが先に天井へ当たり、歪みます。必要なのはレベルを上げることではなく、ピークと平均の差、つまりダイナミクスレンジを詰めることです。小さい音は持ち上げ、大きい音との差を縮める。この処理を経て初めて、配信で「ちょうどよい」音量になります。

音楽ライブとプレゼンでは、音量差がまるで違う

ダイナミクスレンジを詰める、と言っても、どこまで詰めるかはイベントの中身で変わります。そしてその差は、思っているより大きいものです。

PA卓のメーターで見ると、音楽ライブは -10 dB からピーク 0 dB のあたりで振れます。一方でプレゼンテーションや、ライブの合間のMCは -20 dB 前後に収まることが多いです(現場での実感値)。つまり同じ卓の出力の中に、10〜20 dB の段差があります。

これを配信にそのまま当てはめると、どうなるか。ライブの音量で配信レベルを合わせれば、プレゼンやMCは小さすぎて聞こえません。逆にMCに合わせれば、演奏が入った瞬間に天井へ当たります。「音が小さい」と言われる場面の多くは、この段差を1本のレベルで受けようとしたときに起きています。

対処は2つあります。ひとつはコンプレッサーで平均化すること。小さい側を持ち上げ、大きい側との差を縮めます。もうひとつは、PAから配信用に別チャンネルで送ってもらい、配信側のミキサーで別のミックスを作ることです。PAのメイン出力は会場のために作られた音なので、そこから分岐するより、配信用の出力を1系統立ててもらうほうが、狙いどおりに整えられます。

どちらを採るにしても、何を守るのかを先に決めます。プレゼンや講演なら明瞭度が最優先で、声のレンジを積極的に詰め、小声も確実に持ち上げます。多少平坦になっても聞き取れるほうが価値があります。音楽ライブなら、ダイナミクスは表現の一部です。静かな導入から一気に開くサビの落差を潰せば、演奏の意図が消えます。ピークが歪まないように抑えつつ、平均音量はプレゼンより低めに許容します。

守るものが決まれば、プラグインの設定は自然に決まります。同じ設定を使い回さない、というのはそういう意味です。

ラウドネスで測る。ピークメーターでは分からない

卓のピークメーターは瞬間の最大値を示すもので、視聴者が感じる音量とは別物です。配信で見るべきはラウドネスメーターで、単位は LUFS です。人間の聴感に合わせて周波数ごとの重み付けをした測り方で、国際規格(ITU-R BS.1770)に基づいています。

ラウドネスメーターは、本番中も常に見える場所に置きます。瞬間の値(Momentary)、直近数秒の値(Short-term)、番組全体の平均(Integrated)の3つが出ます。本番中に見るのは Short-term で、終わってから確認するのが Integrated です。

配信プラットフォームの多くは、ラウドネスノーマライゼーションを行っています。一般的に -14 LUFS と言われる値です。YouTubeがこの数値を公式に公開しているわけではありませんが、再生画面の詳細統計情報で広く確認されている値で、Premiere ProやDaVinci Resolveの書き出しプリセットも同じ値になっています。

ここで押さえておきたいのは、この処理が片方向だということです。-14 LUFS を超えて大きい音は自動的に下げられます。しかし下回って小さい音を、上げてはくれません。視聴者側に音量を安定させる機能はありますが、配信側が当てにできるものではありません。

つまり、PAの音をそのまま流して小さかった場合、誰も救ってくれません。大きすぎる分はプラットフォームが吸収してくれるので、配信側で合わせるべきは「小さすぎない」側です。これが、配信側でラウドネスを整える理由です。

もうひとつ、ピークは True Peak で -1.0〜-2.0 dBTP に抑えます。配信の音声は AAC などで圧縮されて届き、符号化の過程で元の波形より高いピークが生じることがあります。0 dB ぎりぎりで送ると、視聴者の手元で歪みます。

聴きやすくする順番 — 取るものが先、コンプレッサーが後

ラウドネスを合わせる前に、音そのものを聴きやすくしておく必要があります。使うのはノイズサプレッサー、ディエッサー、コンプレッサーといったプラグインで、順番に意味があります

  1. EQ・ノイズサプレッサー・ディエッサー — 取るものを先に取ります。不要な帯域、空調やファンや電源由来のノイズ、「サ行」の歯擦音
  2. コンプレッサー — ダイナミクスレンジを詰めます。小さい音を持ち上げ、大きい音との差を縮めます
  3. ラウドネスメーター — 最後に入れて、狙いの値に合わせながら本番中もラウドネスを監視し続けます。True Peak もここで抑えます

取るものが手前で、コンプレッサーがその後、メーターが最後。この順番には理由があり、それはコンプレッサーの性質にあります。コンプレッサーは小さい音を持ち上げるので、先にノイズと歯擦音を取っておかないと、それらも一緒に持ち上がります。 ノイズの乗った音を圧縮すれば、静かな場面でノイズだけが前に出てきます。歯擦音も同じで、圧縮後のほうが耳につきます。だから、取るものは先に取ります。

なお、電位差ノイズはプラグインで取る前に機材側で止めます。PA卓から音声をもらう現場では、機器間でグランドの基準がずれて「ジー」「ブー」というレベルの大きいノイズが乗ることが日常的にあります。グランドリフト付きのDI(ダイレクトボックス)を挟めば、その場で消えます。プラグインで削るより、出ないようにするほうが確実です。DIは常に持ち込みます。

プラグインの種類は、Wavesのような定番のものでも、YAMAHAのVST Rackに載せるものでも構いません。何を使うかより、何のために、どの順番で使うかのほうが結果を左右します。 製品ごとの音の違いは、順番を間違えた損失に比べれば小さいものです。

プラグインを挟むなら、PCが落ちても音が止まらない構成に

プラグインはPCの上で動きます。ということは、PCが落ちれば音が止まります。本番中にいちばん起きてほしくないことが、プラグインを挟んだ瞬間に起こりうる事故として加わります。

この不安を構造で消すために、Dante のネットワーク上で処理する構成を採っています。卓からの音声を Dante で受け、YAMAHA の RUio16-D を経由してPCのプラグインへ渡し、処理した音を再び Dante へ戻します。RUio16-D にはフロントに Bypass のスイッチがあり、これを有効にすると Dante の入力16chがそのまま出力へ直結され、USB側(つまりPC側)は切り離されます。PCが落ちても、Dante の経路は生きたままです。

ここで守っているのは、ソフトウェアの安全機能に頼らず、経路そのもので塞ぐという原則です。「PCが落ちたら自動でバイパスする」という機能をPC上のソフトに持たせても、そのPCが落ちているのだから当てになりません。バイパスは、落ちるものの外側に置きます。

もうひとつ、運用上の注意があります。バイパスした瞬間に出るのは、プラグインを通していない素の音です。プラグインで持ち上げる前提で卓側を絞っていると、バイパスした瞬間に音が痩せます。卓の出力は、素のままでも配信として成立するレベルに整えておき、プラグインは「さらに良くする」役割に留めます。フェイルセーフは、切り替わった先の音が使えて初めて成立します。

まとめ

  • PAの音がそのままでは小さいのは、レベルではなくダイナミクスレンジの差です。ピークが出ていても平均が低ければ、配信では小さく聴こえます
  • PA卓の出力にはライブとMCで10〜20 dBの段差があります。コンプレッサーで平均化するか、配信用の別チャンネルをもらって別ミックスを作ります。プレゼンは明瞭度、音楽は起伏を守ります
  • 測るのはピークではなくラウドネス(LUFS)です。一般的に -14 LUFS と言われ、プラットフォームは大きい音を下げますが小さい音は上げてくれません
  • プラグインはEQ・ノイズ・歯擦音 → コンプレッサー → ラウドネスメーターの順です。コンプレッサーは小さい音を持ち上げるので、取るものは先に取ります
  • プラグインを挟むなら、PCが落ちても止まらない経路を作ります。バイパスは落ちるものの外側に置き、素の音でも成立するレベルに卓を整えておきます

質疑応答で相手に自分の声を返さない話は、配信のマイナスワン(n-1)とはに書いています。本番中にオペレーターが何を見ているかは、配信オペレーターは、本番中に何を見て判断しているのかで扱いました。

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この記事を書いた人

YKC

イベント配信エンジニア / SynQNow 開発者

イベント制作の現場に25年、映像配信に20年近く携わってきました。オンライン配信が当たり前になるより前から、拠点間中継やライブ配信の現場に立っています。

  • イベント制作の現場に入り、以来25年にわたって本番運営に携わる
  • 映像配信に軸足を移し、20年近く配信オペレーションと技術設計を担当
  • オンライン配信が一般化する以前から、拠点間中継・遠隔中継の現場を手掛ける
  • 株主総会をはじめとする、失敗が許されない配信の現場を数多く経験
  • 現場で繰り返し直面した課題をそのまま設計に落とし、SynQNowを開発
  • ライブ配信
  • 超低遅延配信
  • WebRTC
  • HLS
  • RTMP
  • SRT
  • 拠点間中継
  • 株主総会配信
  • IR・決算説明会配信
  • 社内配信
  • イベント音響・映像オペレーション

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